当時1年生であった市川新氏の活動により、9月に創部。
関西学院大学で監督を務められていた米田満氏が監督に就任する。日体大戦でオープン戦初勝利を収める。
関西の強豪校である甲南大、京都大(双青戦の第1回)に勝利する。関東学生アメリカンフットボール連盟に加盟し、2部に所属する。
入替戦にて防衛大に勝利し、初めて関東学生リーグ1部に昇格する。
部員公募によりチームの呼称「WARRIORS」が導入される。同年、リーグ改編に伴い2部自動降格が決まるも、翌年に1部復帰。
1987年のチームドクター制導入に続き、女子マネージャーによるトレーナー担当や、専任トレーナーが設置され、トレーナー体制が築かれる。
前年の外傷多発を受け、大幅なチーム改革が行われる。①北コロラド大からゾーンブロック+プレーアクション導入②フルコンタクト練習大幅削減/コンタクト数の制限導入③トレーナー制度の本格導入、外傷管理実施改革成果により、1部3位という好成績を収める。
前年の外傷多発を受け、大幅なチーム改革が行われる。①北コロラド大からゾーンブロック+プレーアクション導入②フルコンタクト練習大幅削減/コンタクト数の制限導入③トレーナー制度の本格導入、外傷管理実施改革成果により、1部3位という好成績を納める。
同年よりプレーオフ制度が導入される。リーグ開幕で4連勝し、TV・新聞で「東大旋風」が謳われるも、最終戦の東海大戦にて、ラスト3秒でFGを決められ、得失点差でプレーオフ出場を逃す。
5勝1敗という1部リーグでの過去最高戦績を納める、念願のプレーオフ出場を決める。準決勝で日大に13 – 35で敗戦する。
数年に渡り惜しくもプレーオフ出場を逃してきたが、同年に創部史上初の日大戦勝利を飾り、2度目となるプレーオフ進出を果たす。準決勝で日体大に27 – 35で敗戦する。
3年連続となる下位入替戦に出場。筑波大学に敗北し、15シーズンぶりとなる2部降格という結果に終わる。
2部降格を受け、チームの大改革が行われる。①社会人コーチ体制の導入。沼田HC以下、細田次HC等内外から多数の社会人コーチが参画。②ショットガン+オプションオフェンスの導入チーム一丸となった改革により、1年で1部復帰を果たす。
リーグ改編によりBIG8所属となる。2部との入替戦に進むも、関東学院大に27 – 7で勝利し1部残留を決める。
アメリカの大学スポーツを参考に、日本における大学スポーツのあるべき姿を掲げ、「未来を切り拓くフットボール」のもと、三沢監督・森HC体制がスタート。日本一を徹底的に目指すためのガバナンス、リスク管理、資金確保体制を構築。開幕4連勝を飾った後、3連敗を喫しBIG8残留。
6勝1敗でBIG8優勝。昇格戦も制し、史上初のTOP8昇格を果たす。
新型コロナウイルスの影響により2020年からイレギュラーな形のリーグ編成が続くなか、10チームがTOP8で争うこととなる。初戦では格上の中央大相手にラスト19秒で逆転勝利を果たし、1次リーグ2勝2敗で上位リーグに進むも、上位リーグでは全敗に終わる。
TOP8での5年目。4年ぶりに8チーム1ブロックでの開催となる。リーグ戦全敗で駒澤大とのチャレンジマッチに回るが、これに勝利しTOP8の座を死守する。
TOP8での5年目。4年ぶりに8チーム1ブロックでの開催となる。リーグ戦全敗で駒澤大とのチャレンジマッチに回るが、これに勝利しTOP8の座を死守する。